こんばんは。おぐーだす。
腰はだいぶ治ってきたからトレーニングをしようかと考えてます。今年も野球もほぼ終わり、孤独のグルメならぬ孤独のトレーニングをしようかと。野球の練習やその他の運動をみんなと一緒にやるのは楽しいんですけど、黙々とランニングしたりするのもおぐー好きなんですよ。自分と対話するみたいで。黙々と泳いだりするのも良いですね。日常をいっとき離れて体を動かしてリフレッシュする。敢えて一人で。
最近は野球ばかりやっているし野球は楽しいですけど、野球以外の運動だってしたいですよね。来年からは木曜日朝練が無くなるらしいので絶好のチャンスな訳ですよ。新たな運動をする。っても木曜は仕事の日だし、そういいつつ仕事するんですけど、野球だけじゃなく他の運動をするのは野球という運動を外から眺める良い機会かと。
こんな歳になってますけど、他のスポーツで出来るようになりたいことは色々あって、それを修得してみるのも面白いかなと思ってます。近くで出来ないのが難しいんですけど。
良い機会だから来年はなおミスターみたいに半分他のスポーツに時間を割いて同時進行というのも良いかもしれない。野球だけがスポーツじゃないしね。
なんか野球があると参加しないと損、みたいな貧乏性でつい参加してしまうのだが、良く考えたらなんでこんな皆勤賞的に参加しているのか意味がわからなくなってきた。楽しいから参加しているのだがつい5年前まではおぐー、日曜しか野球やってなかったわけだし。更に9年前は、木曜に年間10回ぐらいしか野球やってなかった。冷静になって考えるとそれぐらいのペースが社会人として適正ではないか?
来年の木曜朝練が無くなると聞いてそういう思いが沸き上がってきている。
朝練だからまぁほとんど影響はないのだがなんでこんなに練習をやっているんだ?
焼き肉を食べに行ったときも全く同じだ。
目の前に焼き肉が出てくるから食う。そこに肉があるから食う。何をムキになっているのかと思うくらい食う。
野球も完全に構図が同じだ。練習があると聞くから出る。そこで練習をやっているから出る。何をムキになっているのかと思うくらい出る。
ドーパミンがシナプス受容体に過剰に降り注ぐように過剰に反応し、正気を失ったかのように行動する。
普通に考えてちょっとおかしい。
来年の1月、2月で正気に帰れそうな気がする。
木曜朝練が無くなって残念だと思っていたが、これは以外とナイスな試みなのではないだろうか。
キャップの名言「練習しすぎは良くないよ」。
正気を取り戻すデトックス期間となるかも知れない。
なるべく練習の誘いがあっても我慢しようと思う。
野球が嫌いになったのではなく、おぐーが正気なのかそうでないのか、2ヶ月間かけてじっくりと考えてみることにします。
なんか人体実験みたいで楽しくなってきた。
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