久しぶりに野球の練習をした。正式な所属チームが無くなったので正式な試合に参加することも無くなった関係上、個人的には野球を上手くなる必要が無くなったのが荷が下りた感じもするし寂しい感じもするしで不思議な感じだ。
野球をやってきて思ったのはやはり経験者は上手いし野球にたいしての考え方や理解に一日の長があるという事だ。経験者から見たらボクが少し練習したところで実力も考え方もなにも変わらないということだった。
今となってはなんでそんなに上手くなりたかったのかなと不思議なのだが、やり始めてからの情熱の様なものはあったし、出場できるチームに所属しているとやはりそこは所属チームや参加チームで頑張りたいという思いもあったのだろう。
話がややこしくなるので先に書いておくがここで言うところの所属チーム、参加チームというのは大伸会野球部とファミールの事である。
ボクが上手くなりたかったのはその2つのチームで戦力になれてかつ楽しみたかったからという動機が最大のモチベーションだったと思う。
まあ下手くそで暴投ばかりでという状態を抜け出して一プレイヤーとしてまともな戦力になって野球を楽しみたかったという個人的な希望もあるが。
で上手くなるには試合より練習だろということで練習が出来るミラーズに歯科医師ではないのでイレギュラーだけど参加してバカみたいに練習をやったのですが、結論としてはボクの努力と才能が足らないんでしょうけど、こりゃまともな一プレイヤーにはなれないなと。
そもそもファミールに入ったモチベーションの大伸会野球部が一昨年去年で完全に潰えたし、ファミールもやっぱり経験者が上手くてボクはいったい何をしにファミールに行っているんだろうという感じには数年前からなっていた。
もちろん野球は楽しいので楽しいという意味ではやってる意義はあるんだけど、大伸会野球部もないし、上手い人が一杯居るファミールでは特にボクは居ても居なくても基本はあんまり影響がない、というかむしろ一打席だけ気を使って貰って起用して貰ったりで申し訳もなく。そして自分自身レギュラーで野球の試合に出ることに特段大きな情熱があるわけでもないと考えると、なんか審判したり予定を調整したり潰したりしてまで日曜日に野球をやる事に強烈なモチベーションはボクにはないなという結論に至ったのでファミールを卒業した。まあ卒業したらその後何故かチームが解散してたwという良くわからない状況になってるみたいなので今度どうしてそうなってるのか聞いてみようとは思うが。ボクのせいではない、はずだが、、、。
その上でたまたま今年ミラーズの練習が1月2月がほとんど無くて野球レスの環境で約2ヶ月過ごしてみたところ、野球やりたいって強烈な欲求が別に沸いてこない事に割りと驚いた。仕事をこなす量が増したのでボクは野球を卒業した方が自分と周り、双方にとって良いことなのではないかと思うくらいだった。
楽しむということ以外ではやはり世の中ではベースとして弱者強者の立ち位置が決まっている。
野球が上手い人は野球というフィールドで存分に力を発揮できるし居場所としても心地よいのだろう。野球が好きな人、苦手でもやりたい人はそのフィールドでもやっていけるが、存分に力を発揮できるのはそのフィールドに合った資質を備えた人ということになる。そうでない人はどうしても二の次、ということになる。これは致し方ないことで、仕事が出来る人は仕事というフィールドで存分に力を発揮できるし居場所としても心地よいのと同じだ。チームが試合に勝つという目的が最優先なら上手い人が試合に望むのが当たり前だ。会社が仕事をこなすという目的が最優先なら(当然最優先なのだが)仕事が出来る社員が優遇されるのは野球のチームで考えれば当たり前の事と理解できるだろう。チームも会社もそのフィールドで活躍できる人材が重用され、重用されたいなら自分がそういう人材になる努力をしなければ話にならないと、ドライなボクは思っているし自分自身常にアップデートしていかなければと思っている所以だ。
そういうものだと思ってるのでフィールドに合う資質を持っていない事に対してボクは愚痴を言う人間にはなりたくないし、それは愚痴を言っててもしょうがない、手に入れたいものがあるのなら自分が努力して手に入れるしかなくそれが出来ないなら諦めるしかないと思っている。自分の資質に合うフィールドにずっと留まって居るのもそれはそれで選択だし、努力して資質とは異なるが留まりたい新たなフィールドで留まれるよう努力をするのもそれは選択だ。
ということでボクはリーグ戦で野球をやるというフィールドからは外れることを選択した。野球、得意じゃないし。楽しむだけなら練習で良いやと。
野球は自分のレベルで楽しんで、基本的には仕事をちゃんとやろうと。野球が仕事じゃないしボク。野球が下手でもなんも困らんもんね。
去年、ナカザーがミラーズ正式参加から外れるという報をNASPAで聞いてから、ああ、野球にも始まりがあって終わりがあるんだなぁということに気が付いた。他者の振り見て我が振り直せって感じだ。
ナカザーはそういうところのタイミングを自分で判断できて大人だな~と思いましたよ。ボクはなんか外的要因が無いとそういう判断のタイミングがつかめない受動的体質なので。
で、今年の野球は個人的には上手くならねばという呪縛から解放されて、改善できればそれはそれで良し、出来なくても落ち込む必要なし、楽しんでやろうという方向性になったので前よりダメな自分に落ち込まずに許せるようになった。それと共にあまり無理をせずやりたいことだけやっていこうと。
そんな感じで迎えたニューバージョンのボクのはじめての練習を今日してきた。
やっぱり野球は中々楽しい。上手い人からはどう見えるかわからないけどこれがボクの野球だ。野球の事がわからないなりに練習の仕方も考えてやってみる。だめそうならそれを改善していく。そういう試行錯誤を楽しむ野球があっても良い。経験者についていくだけで無くまず自分で考えてやってみる。ボクにとってはこれがボクの野球だ。そういう意味で今日の野球は中々楽しめた。最後島ちゃん提案のタイム測定ベーランも練習前に走って、練習で走って、最後にまた走るのかよっ!と心の中で自分自身に突っ込んだが、そういう予期しない提案も中々楽しかった。
最近はゴルフも始めたので野球を卒業してもまだまだスポーツを楽しむことは出来るな、とちょっと安心しつつ、上手くなることに対してちょっとした義務感みたいな感じでやる野球を終わらせた上でやる野球はたぶん前より楽しいと期待している。
レベルの高い野球は経験者に任せて、ボクはちょっとした運動気分でしばらくは野球を楽しもうと思う。